一直線女子の映画向上会

国内や海外を問わず映画界の問題点や向上改善に迫っていく次世代型映画ブログ

第92回米国アカデミー賞 日本人の複雑感情の韓国の4部門受賞ドキュメントと老体スコセッシが立った瞬間

 

 

 

「第92回米国アカデミー賞 日本人の複雑感情の韓国の4部門受賞ドキュメントと老体スコセッシが立った瞬間」開城(間違えていない)です。

 

 

最新のオモテ記事を公開しました。

映画を極めろ一直線女子 世界最多300作以上映画忠臣蔵の歴代美浪士役の形成貢献した両雄から最大ライバルの爪跡差異

 

 

 

 

 

来たる2020年2月20日

 

 


2020年2月20日
メモを取りながらの5時間半の長丁場の視聴し終えました。
WOWOWの第92回米国アカデミー賞の生中継番組です。

番組をブルーレイディスクにダイレクト録画予約し、帰宅後、視聴・・


色々な部分が頭をよぎる中でやはりこれに触れないわけにはいきません。
あえて触れないまったく逆手に取るというやり方もあるわけですが、
さすがにおかしいんじゃないかと考えました。

 

 

 

 

 

日本人にコダマする複雑で不思議な感情

 

 


今回の2020年の第92回米国アカデミー賞は、

一言でいうと日本人にとって非情に難しいと感じました。

 

韓国を過剰に評価することが日本人としては

なんともいえないプライドに触るのかもしれません。
それは映画でも通じる部分がある
ある種の負け惜しみではありませんが、
米国アカデミー賞だけが全てじゃないそう思いたくなる日本人の感情、


何事も同じですが、
アメリカで評価されるだけが全てではない
あくまでおまけのレベル
そう思いたい心情など奥底にあるのだと感じています。


これまであの国は

反日映画を
自分の国で
大量に公開した韓国

 

反日映画と同じ映画というジャンルで

アメリカに評価を受けた事実

ゆえに日本人が全てを受け入れられない無理もない現実

 

 

韓国の米国アカデミー賞の受賞も
たかが映画は映画のレベルだと思いたくなる気持ち、

複雑な気持ちが何度もよぎりました。

 

 

 

 

老体マーティン・スコセッシが立ち上がった瞬間

 

 

ポン・ジュノ
何年も前から日本でも一部に知られていた
性的、暴力的などの大衆的ではない

独自な作風で知られるキム・ギドク김기덕)

並び比較的注目されていた監督、


すでに韓国を代表する注目と期待の監督となっていたわけですが、

 

非常にやり手だとスピーチを聞いても感じてしまった。
やり手の策士、2020年で78歳の

アメリカの現役巨匠のマーティン・スコセッシ

立てる、立てる言葉連続の敬意のスピーチ

アメリカ人に負けないくらいスピーチが上手い

 


スコセッシを過剰に立てることは

同時にアメリカ人を立て、
アメリカ映画そのものを立てる
当然ながら会場現場の大勢のアメリカの映画関係者も俳優も含めて
凄く嬉しがる、

 

現実にその日、一番ともいえる異常な盛り上がりの瞬間があった。

 

 


ポン・ジュノの先人を称える内容に
過剰な会場の盛り上がりに応えるために

ついに同じ監督賞にノミネートされていた
老体のマーティン・スコセッシがついに立ち上がった。

 

 

ブロマイド写真★マーティン・スコセッシ/監督/カメラを覗く

*若き日のマーティン・スコセッシです。

 

 

 

 

良い意味の馬鹿になれない日本人

 


日本人には馬鹿らしくてあそこまで
白黒はっきりとアメリカを立てることができるだろうか、
日本人はアメリカを評価しつつもどこかで皮肉るし、
本当の意味では評価できないところがある、
現実に銃社会核兵器などは評価できない

疑問を持つ日本人が多数います。

 


評価の良し悪しも全てが良いなんて100パーセントなんて
この世のは存在しない。

 

 

ポン・ジュノ(봉준호)の監督賞の受賞の時点

脚本賞、国際長編映画賞)であり、

最終的な受賞の順番は

脚本賞⇒国際長編映画賞⇒監督賞⇒作品賞(全体のラスト)となったが、

これは作品賞の可能性もあるのではないだろうかと
考えさせてしまう現実に驚かされ、

まだ2つ目の国際長編映画賞の時点は作品賞までは怪しかった。

 


現実に、WOWOWの第92回の米国アカデミー賞

生中継番組の中で毎年おなじみの
アメリカ映画に詳しい評論家の町山智浩
日本映画の監督の白石和彌もこの雰囲気で

作品賞の授賞もあるのではないかと感じていた。

 

賞レースの台風の目になっていた現実を

察知していたのは同然ながら
自分だけではなかったのだ

 

 

 

 

 

韓国の国策の成就 多方面にがめつい便所コオロギではない日本人の哀しさ

 

 

もちろん韓国も素晴らしいところはあると思います。
たとえば日本は馬鹿らしいのでやりませんが、
韓国の国策として多額の費用を費やしてまで
芸能(音楽や映画など)海外に発信する努力をするなど、
市場開拓のお金にがめついところは見習う部分もあるのかもしれません

 

日本路政治的に大きくもめている中でも
ガンガン芸能系の人材を送り込んでくる

タフな根性は見習うがあるのかもしれません。

人を蹴散らしてでも上に泥臭く上がる努力に前向き
な貪欲さ、日本人が失っている部分はあると感じています。

 

 

 

まるで便所コオロギの凄さ

 


悪く書いてしまうと日本人は便所コオロギを卒業

(過去の日本人を悪く言いたいわけではありません、

あくまでたとえレベルです)し、
品格を持ってしまった綺麗なコオロギゆえに

弱いといえるかもしれません。
一度持った品格はなかなか捨てられません

 

 

 

 


結論的に米国のアカデミー賞で評価されることが一番だと伝えている生中継番組の問題点

 

 

米国アカデミー賞で評価されることが一番で良いのかということです。

 

WOWOWの第92回米国アカデミー賞の生中継番組と字幕番組を視聴しても問題に感じましたが、米国アカデミー賞で評価されることも一つの評価に過ぎないことを伝えていない、それは番組としては有料でお金を支払って観ている視聴者にこれ(たかが米国アカデミー賞で評価されることも一つの評価だということ)をいうのは酷だからでしょうか。これが全部だというように出演者が語っていることもおかしいと感じてしまいました。

 

前回はNetflix (ネットフリックス)が本線に含まれることが大きな話題や議論の的でしたが、今回もその流れは続いていましたが、それを吹くき飛ばしたといえるのが韓国映画でした。

 

外国映画が普通にアメリカの映画賞にノミネートされて
日本人を含むアジア人にとって
ほぼ外国映画は受賞しても
外国語映画賞(今回からは国際長編映画賞)が最高だった時代から

 

アメリカの映画賞の本線に入れてしまう現実、
しかも1冠、2冠を上回る4冠という大衝撃
しかも、それが白人やラテン系、黒人だけではなく

アジア人も中央には入れてしまう
今回はこれが韓国映画だという現実
認めたくない日本よりも最初だという現実


アジア人はアメリカ人を形成した中心的な白人から
数えてラテン系、黒人に次ぐ扱いを受けていましたが

あくまでサブとされてきた時代から

中心も可能な時代へ


今回のハリウッドの現代の現実を突き立てられました。

 

 

 

 

流れは日本映画から本線初受賞の中国映画を経て韓国映画の現実

 

 

 

中国映画でアン・リーという台湾の監督が
ブロークバック・マウンテン』 (2005)で
アジア人で最初に米国アカデミー賞の作品賞を受賞した時代から
今回のポン・ジュノの『パラサイト 半地下の家族』(2019年)で
韓国人で初の作品賞を受賞、

(受賞は4部門=作品賞・監督賞・脚本賞・国際長編映画賞)

 

個人的には

アメリカで評価されることを非常にを意識した映画

ブロークバック・マウンテン』 (2005)は

そんなに評価できない映画でした。

 

 

 

 

ブロークバック・マウンテン (字幕版)

ブロークバック・マウンテン (字幕版)

 

 

 

 

 

アカデミー賞の本線の横堀を埋めてきた日本人に乗っかった中国と韓国

 

 

 

 アン・リーポン・ジュノアカデミー賞の本線で受賞を実現させたした流れには

その横堀の埋めに、日本人が多く関与していることをご存知でしょうか

 

日本映画のノミネートさせるという概念さえの存在していない時代の

邦画黄金期の映画にこれを上回る内容がいくらでもある

 


アン・リーの中国映画の受賞には、

アメリカが人口と市場の大きな中国で自分たちが利益を得るための
市場開発をするための作戦だった部分もあるかと考えています。

 

そうであったとしても

中国、韓国と来て、そこに日本がいないという現実
寂しいことは寂しい

 

 


さすがに数十年前までは

1950年代前半から

溝口健二(日本で初めて国際的に広く評価された巨匠)、

黒澤明小林正樹市川崑大島渚など他にも多数の名匠たち

(さらに外国で受けないなどの理由から

外国出品さえもされていない監督の映画にも多数の名作があったころ)

 が中国や韓国より数十年先に評価されていました。

 

 

 

西鶴一代女 [DVD]

西鶴一代女 [DVD]

 

溝口健二が最初に外国映画賞のヴェネツィア国際映画祭で受賞(国際賞)した『西鶴一代女』、これも数多くある代表作の一つです。

 

 

 

現実や歴史的にみても

アジア圏の映画で外国映画賞を多く獲得してきた
壁の崩壊を形成したのは、

日本映画が断然先でした。

 

ですが、当時はどんなに評価されても

米国アカデミー賞の本線にノミネートするという概念すら

存在していませんでした。時代がずれていたことが悪いのでしょうか

 

 

米国アカデミー賞が映画の全ての評価ではない現実がある中、
中国や韓国に遅れをとっていると考えるのかにもよりますが、
米国アカデミー賞で日本人が苦戦していることは現実です。

 

受け止める部分と受け止めたくない複雑な感情が
第92回米国アカデミー賞には渦巻いていたと考察しました。

 

 

 

次は韓国は取り上げない予定ですが、
第92回米国アカデミー賞の記事は今回を前編、

独自注目点の後編を公開予定

 

オモテ記事の映画を極めろ一直線女子へつづく